時計の時刻を合わせるとき、私たちは無意識に「日本の標準時刻」を基準にしています。テレビの時報やスマートフォンの時計も、すべて同じ時刻を刻んでいますよね。
この日本標準時の基準となる場所として、よく名前が挙がるのが兵庫県の明石市です。市内には「東経135度」を示す標識があり、明石市立天文科学館もその子午線の真上に建っていることで知られています。
でも、ふと疑問に思いませんか? なぜ、東京や京都ではなく「明石」が日本の時刻の中心になったのでしょうか。ひょっとして、日本中の時計は明石にある巨大な時計の針に合わせている……なんてことはあるのでしょうか。
実は、明石が「時のまち」になった理由は、地球の回転と「135」という数字の計算式に隠されています。
今回は、なぜ日本の標準時が東経135度なのか、そして今の時刻は本当に明石で作られているのか、私たちの生活に欠かせない時間の不思議をひも解いていきましょう。
場所が東西にずれると、太陽の時刻もずれる
地球は西から東へ回っています。そのため、東にある場所ほど先に朝を迎え、西にある場所ほど日の出が遅くなります。昔は、太陽が空のいちばん高いところに来るころを正午とする時刻が使われていました。
しかし、この方法では町が変わると正午も少しずつ変わります。近くの町なら差はわずかですが、鉄道の時刻表や遠くへの連絡では困ります。同じ国の中で「12時」がいくつもある状態になるからです。
そこで、広い地域で共通して使う「標準時」が必要になりました。日本では、ある一本の経線を基準にし、その線の時刻を全国で使うことにしたのです。経線とは、地球を北極から南極まで縦に結ぶ、同じ経度の線です。
15度で1時間、135度なら9時間になる
地球は24時間で一回転します。一周は360度なので、360を24で割ると15。つまり、経度が15度違うと、時刻は1時間ずれる計算です。
世界の経度の出発点は、イギリスのグリニッジを通る0度の子午線です。そこから東へ15度なら1時間、30度なら2時間進みます。日本の基準に定められた東経135度は、15度が9つ分です。135÷15=9となるため、日本標準時は協定世界時より9時間進んだ「UTC+9」になります。

ここで大切なのは、明石が先に選ばれ、その土地に合わせて標準時が決まったのではないことです。9時間という扱いやすい差になる東経135度の線を日本の基準にし、その線がたまたま明石市を通っていたため、明石が時のまちになりました。
1888年から全国が同じ時刻を使い始めた
1884年、世界各国が集まった国際子午線会議で、グリニッジを通る線が経度0度の基準になりました。日本では1886年に、東経135度の時刻を標準時とする決まりが公布され、1888年1月1日から全国で同じ時刻が使われ始めました。
明石に「日本標準時のまち」という目印が初めからあったわけではありません。明石市によると、東経135度が通る意味を知らせる最初の標識が建てられたのは1910年です。その後も測量を重ね、子午線を示す標柱や天文科学館が造られました。
つまり、標準時の基準となる線が先に決まり、あとから町の中にその線を見える形で示したのです。地図の上の見えない線が、標識や建物によって確かめられる場所になりました。
今の時刻を作っているのは明石の時計ではない
現在の日本標準時は、明石で太陽を観測して毎日決めているわけではありません。情報通信研究機構(NICT)が、複数の原子時計を比べて協定世界時に合う時刻を作り、そこへ9時間を足して日本標準時にしています。

長い間、その中心は東京都小金井市のNICT本部にありました。現在は災害で時刻が止まらないよう、神戸の副局や標準電波送信所にある原子時計も使う分散型のしくみへ移っています。
明石が示しているのは、時計を置く場所ではなく、日本の時刻を世界の時刻へ結びつける「経度の基準」です。東経135度の線を見ると、日本の時計が世界より9時間進んでいる理由まで、一本の線の中に見えてきます。
まとめ:日本標準時が明石(東経135度)の理由
- なぜ東経135度?:世界の基準(0度)から15度ごとに1時間の時差が生まれるため、きっちり「9時間」の差になる135度が選ばれた。
- なぜ明石市?:明石という町を基準にしたのではなく、「東経135度」の線がたまたま明石市を通っていたため。
- 今の時計はどこにある?:現在の日本標準時は明石ではなく、情報通信研究機構(NICT)が複数の原子時計を使って生成している。


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